津軽海峡龍飛館→八幡平風の通り道(その2)

「波」の造形が、ロールケーキ風!
「波」の造形が、ロールケーキ風!
ト音記号の案内板がGood!
ト音記号の案内板がGood!

朝の散歩で龍飛岬から日本海側へ 小泊も見えます
朝の散歩で龍飛岬から日本海側へ 小泊も見えます
なでしこもちょうど花季でした
なでしこもちょうど花季でした

長散歩~青森県竜飛、弘前市、碇ヶ関

オオマツヨイグサ 
オオマツヨイグサ 
階段の国道です
階段の国道です

七つ滝、水量も豊富でした
七つ滝、水量も豊富でした

 8月15日終戦の日は、朝から雨になりました。朝食前に傘をさして、階段国道や龍飛岬灯台などを散歩して、歩数計は軽く5,000歩超え!体も冷えましたが、そこは温泉の良さ。朝ぶろでしっかりと温まりましたよ。

 雨の津軽半島、車窓の風景が海と山とめまぐるしく入れ替わる西海岸を十三湖まで南下。

 日本海から吹き付ける強い風で、背の低い木々が筋をなし、くしけずったようでした。雨は一段と激しく十三湖は通過して金木の斜陽館に向かいました。

 

新座敷の廊下は寄木造
新座敷の廊下は寄木造

津島家新座敷で店主白川氏と
津島家新座敷で店主白川氏と

 太宰治の作品に度々登場する「疎開先の家」。

 終戦直後に表された「庭」、「親友交歓」などの舞台となった部屋がそのままに残っていました。

 斜陽館からは歩いて5分ほど、よいところを見ました。

 小ざっぱりとしたショップもあって、「太宰屋」。

 心地よい選択の小物が並んでおりました。

弘前市藤田記念庭園、洋館のピアノ
弘前市藤田記念庭園、洋館のピアノ
弘前市郷土文学館、図書館、旧図書館
弘前市郷土文学館、図書館、旧図書館

細胞文芸
細胞文芸

 弘前市郷土文学館には、太宰治、石坂洋二郎、今官一、佐藤紅葉らの足跡が多数残されていました。

 若き日の太宰治(当時のペンネーム、辻島衆二)が細胞文芸に作品を掲載し、更に表紙まで担当していたんですね。

「俺達ハ細胞ノ持ツ無氣味ナ神秘性ヲ愛スル」。

 

 雨はますます強くなり、弘前市のアップルパイをあきらめて、大急ぎで碇ヶ関温泉に向かいました。

石坂洋二郎のコーナーから
石坂洋二郎のコーナーから
多くの作品が映画化されました
多くの作品が映画化されました

余興でねぶた囃子 スタッフ+お客様
余興でねぶた囃子 スタッフ+お客様

 津軽藩主の津軽為信が温泉を独り占めしようとして、碇ヶ関温泉を「何ちゃも効がね関の湯っこ」と言ったとか。

 夜7時半に、男湯と女湯が入れ替えになるので、2階にある「里の湯」、3階の「山の湯」両方が楽しめました。Takanoとしては、「山の湯」がお勧めです。

Miyukiさんは、龍飛に咲いていたナデシコ柄の浴衣を選択
Miyukiさんは、龍飛に咲いていたナデシコ柄の浴衣を選択
道の駅碇ヶ関には足湯もありました♨
道の駅碇ヶ関には足湯もありました♨